野良猫のつぶやき

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2002年2月6日  独りで仕事するということ2

今日は昼間、人と会っていた。先日出張の帰りに乗ったタクシーの運ちゃんである。なんでそんな人と会うかというと、運ちゃんは今でこそタクシーの運ちゃんであるが、去年の夏頃までは地方の中堅ゼネコンの営業マンだったらしいのである。
   京都市内を走るタクシーの運ちゃんには、地方からの出稼ぎの人が多い。元営業マンの運ちゃんも、そういう口らしい。私は機嫌のよいときは、タクシーの運ちゃんと割合よくしゃべる。で、その晩もまあまあ機嫌がよかったんだろう。運ちゃんがまだ京都に不慣れらしいということに気づいてから(うちの場所を説明して通じなかった)、いろいろしゃべるうち、運ちゃんの前職と私の仕事との接点が見つかって、妙に盛り上がった。降ろしてもらうとき、運ちゃんが妙に私に興味を持って、ぜひ連絡を取らせてくれというので、一瞬迷ったが、こういうつながりも面白いことになるかもしれないと名刺を渡したら、今日会って話をすることになったのだ。
   私がどんな取引先とどんな仕事の仕方をしているのか聞いてくるのだが、建設コンサルタント(*)から設計の仕事を請けているということが通じるまで結構時間がかかった。運ちゃんは施工会社の出身だから、建設コンサルタントという業者の存在がぴんとこなかったらしい。 建設事業の中で、いかに建設コンサルタントの存在感が薄いかということだろうか。。。
(*)建設コンサルタントなんていうとかっこいいような、うさんくさいような感じだが、早い話が土木設計業者のことだ。
   話していると、「役所や取引先に毎日名刺配って挨拶してますか?」などと聞いてくる。 そんなひまあるかっつーの。 私が京都市や京都府に指名願い(*)を出していない、まだ書類すら入手していないことに運ちゃんは呆れ返っている。 私が、京都市や京都府が年にどのくらいの工事を発注しているのかということもまったく知らないことに失望している。 実は運ちゃんは、私がもっと業務拡大をする気なら、一緒に仕事をしよう、自分が営業して仕事を取ってこよう、と考えていたらしい。
(*)指名願いって、公共事業は通常複数業者の入札で最低価格の札を入れた業者が請け負うことができるのだが、入札に参加するためには「ご指名」に預からないといけない。そのための申請が必要なのだ。
   私は、もちろん下請ばっかりで元請にピンはねされるのは面白くないと思っているし、だから指名願いを出すことも少し考えてはいるのだけど、逆に元請の営業力や技術力を利用して仕事している状態だ。 それに、今でも与えられた仕事を徹夜しながらこなすのが精一杯で、これ以上たくさんの、そう、運ちゃんの営業費用まで稼ぐほどの仕事などできないし、そこまで無理して手を広げる気もない。 「そんなに手を広げる気はないし、仕事の量より質が欲しいんです」などとかっこつけた言い方で運ちゃんの希望を砕くと、運ちゃんはがっかりして帰っていった。
   しかし、こんな若造つかまえて一緒に仕事しようなんて思うか?(どころか、運ちゃんは「雇ってもらおうと思った」なんて言い方までした)と私は思ったのだが、考えてみると30歳過ぎた私は世間的にはもうまったく若造ではないのかもしれない。世間では20代で会社を興す人も多くいるし、実際一お連のなかにも30代前半で何人もの従業員を抱えて仕事をこなしている人はいる。
   「あなたを見ていると、仕事を取って来ようという意欲がないというか、なにかのんびりしている」と運ちゃんに言われてしまった。 うわぁ〜、またかい。 実は私はそういうことを言われるのは初めてではない。 学生時代にも教授に「あなたは、『野心』とか『出世』とかいう言葉を知ってますか?」といわれたことがある。 そんなことはないと思うんだけどなぁ。 少なくとも、私は欲望は人一倍強い。 で、その欲望が何かというと、「休みたい」「遊びたい」。。。やっぱり『野心』とか『出世』とは無縁か。 自覚がないだけに重症なのかもしれない。 私の症状は。
   ひとつだけいいわけ地味たことを言うと、私だって今のままがよいなんて思っていない。 先日のつぶやきで「このまま引き下がっていいんだろうか」と書いたけど、引き下がっていいとは思っていない。 でも引き下がらない、前へ進むために、量をこなすという戦術しかないとは思わない。 じゃあ他にどういう戦術があるのか、自分はどういう戦術を使うのか、そのイメージが湧かないんだよね。 そもそも戦略自体がない。 で、まだあまりまじめに考えていない。 その辺が、のんびりしていると言われてしまうんだろうな。

年度末、仕事がなくてどうなることかと思っていたが、先ほど一番仕事をもらっている取引先に泣きついたら1件出してくれた。 ほとんど同情に近い発注である。 こういう恵まれた(?)状態に甘えているから、戦略を考えることもしないのかもしれない。(いえ、だからって突き放していただかなくて結構です。>取引先担当者様) これが「(ゆがんだ)成功体験」か。
   と、昨日ももちゃん太田さんのセミナーで聞いた内容を今ごろ反芻してみたりするのであった。

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2002年2月1日  独りで仕事するということ

今までそういうことをほとんどしたことがなかったのだが、「仕事ありませんか?」と電話をかけてみた。 私はいまのところ公共事業の設計しかしていないので、年度末が一番の稼ぎ時である。 しかし、今手元に残っている仕事はもうすぐ終わり、その後の予定がない。 やっぱり取引先に伺いを立てるべきか、と人に聞いたところ、「そんなんあたりまえだ。 待ってるだけでどうやって予定を立てるんだ」という答えが返ってきた。 それもそうだな、ということで、ある取引先へ電話をかけることにした。
   ところがそういうときに限って、すっかり忘れていたようなところから仕事の打診が来る。 ありがたいことではあるんだけど。 で、かけようと思っていたところへはどうするか。 ちょっと悩んだが、単に「仕事が欲しい」のではなくて、「そこの仕事が欲しい」のだから、やっぱりかけてみることにした。 あれば、「そこの仕事」を優先するのである。
   その取引先の担当者からは、毎年、年度末に1件だけもらっている。 でも、この年度末はまだまったく話がない。 昨年度末の仕事で、最後にぼそっと「ミス多いですね」と言われてしまった。 構造上あまり重要でない部材の厚みを書き間違えたとか、立米(立方メートル)を平米(平方メートル)と書き間違えた、という程度のもの(と言ったら怒られる?)だったが、印象悪かったんだろう。 それで避けられちゃってるのかな、と少し気にしていたが、とりあえず電話してみた。
   やっぱり仕事は少ないらしい。 で、こちらの状況も尋ねられた。「皆無ではないんですが、確実な予定はまだないんです」
   すると、「今も独りでやってるんですか」と聞かれた。 何でそんなことを聞かれるのかわからず、「人を雇う余裕もないし、かといってどこかにもう一度勤めに出るつもりもないので、当分このまま独りで仕事します」と答えた。
   何でそんなことを聞いてきたのかというと、独りでは業務遂行に不安があると言うのだ。 私は斜面防災が専門だ(っちゅうより、それだけしかできないと言っていい)が、この分野の宿命として突発的な仕事がある。 「崩れたから来てくれ! すぐに復旧工事始めたいから、至急検討書作って、図面と数量(*)あげてくれ」 たいていは大雨の後であるが、今の時期も雪の後など起こったりする。 そんな突発的かつ緊急の業務など、年度末の繁忙期に入ってくるとぜひ人に頼みたいけれど、おたくのような独りで仕事やってる人だと、頼むのに不安があるという。
(*)工事を施工業者に発注するときの費用を求めるための基礎資料として、工事に必要な材料や手間を計算することを、数量計算と言っている。
   確かに、他に何も仕事がなくてぶらぶらしているときならともかく、何かの仕事をやっている最中に「これやって! 明日までに検討書一式!」と言われたとき、どうするか。 最近図面描きを手伝ってくれる人は何人かつかまえたが、それもこちらがある程度形を説明して、下手するとポンチ絵まで書いて説明しないと所望のものは得られない。 まして設計計算までやってくれる仲間というのは、一人いるにはいるがいつも多忙で、むしろこちらが助けを求められることばかりである。
   「いや、大丈夫です。できますよ」とは、とても言えなかった。 さほど緊急でない仕事でも、再々徹夜地味たことをやっている現状では。。。
   もうひとつ、「いつも外出ばっかりじゃないですか」 これは確かに独りで仕事を始めた当初はそうだったが、今は相当改善された。メールによるデータ納品を認めてもらえる場合が増えたのが大きい。業務量自体が減っているというのもあるが。。。
   結局、今回の電話では具体的な話はないままだった。 これで仕方ないのでよその仕事を入れる。 そのあとから仕事の話が来ると、もう苦しいだろう。 「やっぱり、独りでは難しいみたいですね」と言われるんだろうな。 かといって、仕事をくれるかどうかわからない人のために身体を空けていては、こっちも干上がってしまう。
   独りでぶらぶらしてる(?)からこそ仕事をくれる人もいるのだが、独りで仕事をしているということに大きなリスクを感じる人もいる。 まぁ、そういう本音を聞けたのはよかったといえばよかったが、このまま引き下がっていいんだろうか。。。

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