野良猫のつぶやき

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2002年1月28日  文化子の伝播・破損・再構築

今日は昼から講演会を聞きに行っていた。一お連ももちゃんが「京都府建設業構造改善推進事業に関わる講演」とかで、京都に来はったのである。暮れにうさぎの恩人さんと飲んでいたとき、「今度桃知さんが京都でも講演をする。講演の内容はともかく(!)、彼のしゃべり方は非常に参考になるの」と勧められていたので、近場でもあるし聞きに出かけたのだ。
   実のところ、出かける前はあんまり講演の内容には関心がなかった。ももちゃんが全国各地で「布教活動」をしていることは日経コンストラクション(建設業界誌)である程度知っていたが、その対象はどうも施工業者のようで、私のような設計業者、おまけに社長も従業員もない、たった一人で下請け仕事している者に関係のある話があるとも思えなかった。ただ、うさぎの恩人さんの「しゃべり方が参考になる」という言葉と、あの有名なももちゃんなる人がどんな人なのかという興味だけに動機付けられて、半ば気分転換のつもりで出かけたのであった。
   で、結果どうだったかというと、まず「話し方が参考になる」というのはよくわからなかった。元請さんないし発注者様(役人や、役人)との打合せであんなくだけた、かつ過激なものの言い方をしたら、以後出入り禁止になりかねない。。。 いや、うさぎの恩人さんの言ったことは、ものの言い方ではなくて話の持っていきかたなのかもしれなかったが、私には良くわからなかった。むしろ、話の内容のほうが刺激的だった。

コアコンピタンスという言葉、今までもよく聞いていたがいまいちぴんとこなかった。自分の「売り」になるものということのようだが、そういわれても、さぁ〜?、という感じであった。「今まで、どうして仕事を続けてこれたのか。そして、その続けてこれた理由は今後も通用するのか」。。。げ。自分の現状のコアコンピタンスは(ここでは具体的には書かないが)、今後通用しないかもしれない。どうしたらいいんだろう。。。
   もうひとつ、ミーム(meme)という言葉があるらしい。今日初めて聞いた。遺伝子に対する文化子と言うべきものらしい。遺伝子とともに個体から個体へ伝えられ、伝承されて個人およびそれによって構成される社会を形作るものだが、遺伝子が親から子へだけ伝わるのに対し、文化子はコミュニケーションをとる全ての相手に対して何らかの形で伝播する。そして、伝播するだけではなく、伝播した相手から戻ってくるものでもある。また、ミームはまったく同じ形のままでは伝播しない。受け手であり培地となる個人ごとにいわば破損し、再構築されて変化しながら伝播する。当然、再構築のよしあしで発展する場合もあれば、カスのようになってしまうものもあるだろう。そして、ミーム自体が変化するだけでなく、培地となる個人もミームを受けることによって変化する。そういうミームのやりとりにより、自分を変え、周囲の環境(商売の話だから、顧客とか市場とかだ)を変えて、食い扶持を探していかないといけない、という話だった、ような。。。
   う〜ん、ちょっと、いや、だいぶ違ったかもしれない。ももちゃんから受け取った大量の、いや量はたいしたことないかもしれないけどごっつい質のミームが、私の脳みそではまだ処理できていないのだ。破損したままで再構築されていないということか。
   どうも、ももちゃんのHP−ももち どっと こむでは、ももちゃんのミームが毎日発信されつづけているらしい。(ぢつは今までほとんど読んでなかった。。。) これから毎日読もうかしら、なんて思ったりして。新聞ですら読んだり読まなかったりなのに。これもミームの力か。そして、これからよりいっそうももちゃんのミームを受けに行くのか。

講演会のあと、ずうずうしくも、ももちゃんにくっついてお弟子さんの一人(?)であるよしたにさんと一緒に1時間ほどお茶をご一緒させていただいた。お二人ともHPは毎日更新しておられる。これは大変なことである。つぶやきの更新頻度の低い私にはその大変さがよくわかる。書きつづけることはいわばミームを発信しつづけることだが、発信するネタを補給するために、日々新たなミームを探し続けないといけない。もちろん、書くためには再構築の作業も必要になる。

そう、今日の更新は、ももちゃんとよしたにさんのミームを受けての行動である。でも、多分今日一日だけだな。だはは。
   いや、もうひとつ動機がある。ももち どっと こむにリンク貼られちゃったのだ。もちろんリンク集なんかじゃなくて、毎日更新の「店主戯言」の一角に今日のセミナー参加者としてだが。参加したのに何にもつぶやいてなかったらまずいかなと思ったりして。でも、上記のようなシケた内容だったら書かないほうがよかったかも。破損した分、再構築してから書けよな。そしたら一生書けずに終わりそうだ。。。
   しかし、あの有名サイトにリンク貼られちゃったら明日あたり大変なことになるぞ。もう実際にももち どっと こむからの訪問者が訪れ始めている。 カウンタ祭り終わったあとでよかったなぁ。。。

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2002年1月12日  うめもやし

今日は夫が庭いじりをしていた。ほんとは私も手伝うべきなんだが、仕事を口実にサボった。うめとかきの木の周りで土壌改良をしてもらった。土壌改良と言っても、穴掘って、コンポストに溜め込んだお茶ガラと買ってきた鶏糞を埋め込む程度である。うめは晩秋のうちにしておかないといけないらしいけど、昨冬もしてなかったのでやっといてもらった。
   作業の前に夫が開いていた園芸のテキストを見ていると、梅の種まきは1月下旬から2月中旬までに行うこと、とあった。 うめのみ 去年の夏、うめの木の下に転がっていた梅の実を拾って、その種を保管していたのだ。同じテキストに「周りの果実を除き、湿った砂の中に埋めて冷蔵庫などに置いておくべし」とあったので、35mmフィルムのケースにぬらした日向砂と一緒に詰めて冷蔵庫に入れておいた。数ヵ月後に一度見たときにはカビが生えていたが、まぁ仕方ない、とそのままとっておいた。周りにカビが生えたからといって、植物そのものが必ずやられているわけではないということは、他の植木で経験していた。そもそも、あんな堅いうめの種から芽が出てくるさまなど想像できなかったので、土に埋めて生えてくればラッキー、くらいの感覚だった。
   今はまだ1月中旬なのでまた今度にしようか、などといつもながら後回し気分だったが、夫がついでに植木鉢に土を入れておいてやると言ってくれたので、植えることにした。冷蔵庫からフィルムケースを出した。ケースは半透明だから中身の影がうっすらと見える。なんか変だ。砂とは雰囲気の違うものが見える。。。なんだかいや〜な予感がしたが、思い切って開けた。

ぎょえっ

き、気色悪い。。。自分が見ているものが何なのか、理解するのに少し時間が要った。こ、これは。。。もやしだ。

うめもやし テキストには、2月3月まで植付を延ばすと根っこが出てきてしまう、と書いてあったが、根っこどころではない。もう本葉が出ているではないか。1月下旬までほうっておいたら、どういうことになっていたのか。。。
   しかし、気色悪い。気色悪い一方で、うまそうでもある。みずみずしくて、歯ざわりがよさそうだ。。。かじりたいっ、という衝動に駆られながらも、これを傷めると後がない(種はこれ一個しかなかった)と自分に言い聞かせて、種と茎をはずさないように砂を落とした。
   植え付ける前から発芽しちゃったもんで、芽が出るかどうかの心配はなくなったが、植付け後のこのひねくれた姿。。。まともに育つのかどうか、実に心配である。

植付け後

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2002年1月5日  初詣

に行ってきた。いつもは1日に行っていたような気がするが、今年は1日に行けなかったのでこの日になった。行ってきたのは北野天満宮。平安の昔、政敵に敗れて左遷先で死んだ菅原道真のたたりを鎮めるために建てられたという神社である。
   いわゆる学問の神様であるので、お参りすれば少しは賢くなるかなという魂胆と、何より梅の花見たさである。菅原道真がたいそう梅を好んでいたということで境内にはやたらと梅が植えられており、正月にはたいてい早咲きの紅梅あたりがちらほらと咲いていたりする。
まだつぼみのロウバイ   正月5日はまだ初詣の時期だからさぞかし混んでいると思いきや、地下鉄から北野方面へのバスはみなすいていて、余裕で座ることができた。参道も境内も、押しあいへしあいなどほとんどなく、快適であった。が。。。肝心の梅がまったく咲いていない。おっかしいなぁ。。。
   普段は今ごろ満開だったと思われる蝋梅がほとんど蕾の状態だったので、今年は遅れているのかもしれない。寒くなるのが遅かったってことかなぁ。
   境内をぐるっと回ってようやく少し咲いているのを見つけた。
やっと見つけた八重の紅梅   ピンぼけだぁ。結局この2輪と、あともう一組2輪ほど咲いているのしか見つけられなかった。あとの蕾はまだ小さく堅い。今年の見ごろはいつになるのだろう。どうせ年度末のばたばたで梅など見に行く余裕もないんだろうが(余裕があったらあったで、それも困るかもしれない。。。)

御守り類   信心もないのにちょっとだけ手を合わせて、お守りなんぞ買って帰った。今年は本厄でもあるみたいだし。袋からお守りから、とにかく梅尽くしである。破魔矢にも梅の花がついていたりする。
梅付破魔矢

   破魔矢は仕事場の壁に飾ってみた。今年は何かいいことがあるだろうか。

破魔矢

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