野良猫のつぶやき

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2001年2月24日  ピアニスト

忙しい忙しいと言いながら、昨夜はピアノリサイタルを聴きにいっていた。これはずっと前からの予定だったんだから仕方ない。
   出演は、野良猫の中学時代の友人である。5年間ほどのドイツでの修行から昨夏帰ってきた。本来、昨日のリサイタルは昨年の暮に予定されていたのだが、なんと秋口から腱鞘炎でピアノを弾くこと自体できない状態が2ヶ月ほど続き、公演が延期となっていた。

中学時代の友人というものの、実は彼女と同じ学校に通ったのはほんの4ヶ月ほどである。父親が転勤族だった 彼女は、中学三年の11月というある意味とんでもない時期に私が通っていた中学校に転校してきた。そのあと、それぞれが違う高校へ進学したので、本当に一緒にいたのは4ヶ月程度である。そのあと私が進学で、彼女が家庭の事情などで、同じ関西圏に住むことになって、交際が続いた。

昨夜の1曲目はバッハの平均率の中から第2巻のハ長調のプレリュードとフーガだった。真っ黒なベルベットのノースリーブのドレスで舞台に現れた彼女は、微笑みながら、というより、照れたように笑いながら簡単に挨拶をしてすぐに椅子についた。私が彼女を見るのは彼女が渡独して以来だったが、少し落ち着きが出た程度で、ほとんど変わらないように見えた。彼女は座ってからしばらく椅子の位置を調整して、少し天井を仰ぎながらなおも足をペダルに突っ張るようにして椅子を少し後ろへ押した。そういえば、彼女はかなり小柄だった。
   少し間を置いて、演奏が始まった。はっきりしたタッチだ。聴きながら、不意に彼女がはじめて私の前に現れた頃のことを思い出して、なぜだか涙がこぼれそうになった。

仙台から松山に転校してきた彼女は、とにかく天真爛漫で明るかった。私も彼女もコーラスをしていたということで、話が始まったのではないかと思う。もちろん、その頃からピアノがうまかった彼女はどうしても伴奏要員だった。彼女自身はピアノ伴奏ばかりさせられて、ほとんど歌えなかったのが非常に不満だったらしい。
   放課後だったか、一度一緒に音楽室へ行っていろんな合唱曲の伴奏を弾いてくれて、私が一人で好きなように歌った。「すごい声だねえ」と言ってもらった(とにかく私は声が大きかった)。それから彼女は「これ知ってるでしょ?ショパンのバラッド」などと言いながら、いろんな曲のさわりを弾いてくれたが、私はぜんぜん知らない曲ばっかりだった。。。
   彼女は謙遜などまったくしなかった。ピアノも弾けるだけ弾いたし、もうひとつの特技、ペン習字のことも、師範の資格を取ったというようなことを嬉々として話した。小柄でどちらかと言うとぽっちゃりしていたが運動神経もかなりよく、前の学校で新体操をしていたときの写真も学校に持ってきた。それはみんな自慢だけれど、あまりにあっけらかんとしていたから、まったくいやみな感じがしなかった。自分はそんなつもりはなかったが、何かあるたびに「勉強できるからって自慢するな」と言われまくって少しいじけていた私は、そんな彼女を見て、「もっと、図々しくなろう。自分に正直になろう」と思った。
   そんなわけで、ほんの4ヶ月だけ私のそばにいた彼女は、私にとって本当に大きな存在だった。

そんなことどもを思い出して、涙をこらえながら聴いていたバッハだったが、どうも彼女にとって納得のいくものにはならなかったらしい。途中ミスタッチが続いて、それ自体は構わないと思ったが、彼女自身がそれを気にしてしまい、そこから少し緩んでしまったようだ。終わった瞬間首をかしげて、挨拶を済ませると少し逃げるように足早に舞台裏に帰っていった。
   最初がうまくいかなかったのが悪かったか、彼女自身としてはまったく納得のいかない公演になってしまったらしい。第2ステージの1曲目、ドビュッシーの「沈める寺」は、はっとするほど良くて、そのことを別れ際に言ったが、「あんな短い曲がよくてもあかんのよ」と吐き捨てるように言われてしまった。まぁ、これからも数え切れないほどやるだろう彼女のリサイタルのひとつでしかないんだから、と思ったが、そんな言い訳のような慰めもないと思ったので言うのはやめた。

しかし、約1時間40分。休憩時間も含めてだからリサイタルとしてはごく普通の長さだろうが、やはりこれだけの時間独りでピアノを弾くのは精神的にも肉体的にも相当なものだ。
   早くも腱鞘炎という「職業病」を抱えての出発。自分自身のこととも照らしながら、これから彼女がどのように活躍していくのか、見続けていきたいと思うのだった。

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2001年2月17日  みんないろいろ

はや一昨日のことになるが、大阪で毎月開かれている技術士関係の会合に出かけてきた。
   野良猫は技術士などではないが、最近技術士補でも入れてくれるということで、仲間に入れてもらっている。
   夕方から2時間ほどの会員その他の人による講演と、そのあとに懇親会の席が設けられる。まあ、講演もそれなりに刺激になってよいのだが、どちらかというと懇親会が目当てである。酒飲んで騒ぐのが好き、ということもあるが、野良猫のようにいっつも独りでPCに向かってばかりいる者にとって、こういういろんな人と知り合いになれる場は貴重である。

その会合に参加する人たちのほとんどは当然技術士をすでに取得している人であるが、他の技術士会合に比べると圧倒的に平均年齢が低いというのが特徴らしい。もちろんすでに定年退職して、第二の人生ということで技術士事務所など名乗っているが、さして収入の心配などなくマイペースで時々働いているようなうらやましい身分の人から、野良猫のような若造まで、多様である。一番多いのは40歳代のまさに働き盛り、公私共に一番忙しい世代であり、そんな中で技術士を取ってなお何か面白いことはないかとやってくる人たちと飲み食いするのもなかなか楽しい。
   身分としては野良猫のような独り身ももちろんいるものの、大方はいわゆる「企業内技術士」である。よその業界ならなおさら、聞いたこともない会社の人も多いが、誰でも知ってるような有名メーカーの人も結構いる。最近見かけないが一度懇親会で同じテーブルだったおじさん、周りのみんながひそひそと「なんだかすごい人が来てるぞ」と言っているのでもらった名刺を見てみると、某巨大電機メーカーの参事と書いてある。参事って、もしかして役員のことか。穏やかな、どちらかというとおとなしいくらいの感じのおじさんだった。たまたま向かいに座っていたそのメーカーの子会社のおっちゃんのほうが、ずっとえらそうだったくらいだ。
   時々、お役所の人もいる。野良猫と似たような専門、公共工事の担当者である。こんなところに来るくらいだから、かなり勉強熱心な人たちである。お役所にもこんな人がいるんだ、と思うと同時に、その人の話を聞くと、やっぱりお役所って。。。と思わされることも多い。

ある県の農林系の技術屋さん。やっぱり会計検査によく悩まされる。
   会計検査前に、検査官の個人情報が先に検査を終わった事務所からFAXで流れてくるという話はほんとで、「コーヒーはブラックが好み。ミルク・砂糖は不要」とか、「今歯を悪くしているので、よい歯医者を教えてあげるとポイントアップ」などと書いてあるらしい。まぁ、自治体の担当者たちも会計検査官を揶揄している部分があるんだろうな。
   彼によると、検査官はたいてい事務屋さんで、技術的な知識は少ない。本質がよくわかってないから、延々とつまらない重箱隅つつきを続ける。あるときいいかげん頭に来た彼は、検査の最後になって検査官に「我々はちゃんと勉強して責任もってやってるんだ。そっちももうちょっと勉強してから本質を見に来い」というような文句を言った。彼自身は職場のみんなの意見を代弁したつもりだったようだが、あとから上司に「いらんこと言うな」と、お目玉を食らったそうな。
   とはいえ、時には非常によく勉強した検査官もいるらしい。自分のノートPCに構造計算の表計算シートなど用意して、「この報告書の計算結果と、私の計算結果と違うんだけど」と言うので、確認すると確かに報告書が間違っていたりする。そういう人はかえって「まぁ、間違ってるけど許容値内だからいいよ」と「見逃して」くれたりするらしい。もちろん、許容値内だった場合だけだろうけど。
   また、会計検査に立ち会うコンサルタントの担当者もいろいろらしい。検査官の本質と外れた指摘に対して堂々と「口ごたえ」する担当者もいれば、プライドも何もかもおっぽり出して「お願いだから見逃してください」などと検査官に泣きつく担当者までいるらしい。「人間模様だなぁ」と、話してくれた人はしみじみ言っていたが、やっぱり後者みたいな情けない真似はしたくないもんである。

というような話を飲みながらしていた。せっかく異業種の人たちとお話できる機会なのに、結局同じ業界の人とばかり話していることが多い。ちょっと残念である。

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2001年2月13日  源泉徴収

のことで、今日はずいぶん賢くなった。
   取引先に問い合わせたこともあるし、ひらぱさんやMASさんにも教えてもらった。感謝である。
   来年の今ごろのためにも、ここに書いておこう。このHPが来年の今ごろ存在しているかどうかはわからないが、このファイルくらいは残っとるやろ。

1.100万円超えると源泉徴収率が変わる

これは私にとっては先月初めて発生したことなので、非常に悩んだ。たまたま最近100万超えた取引の徴収率は2割になるという話だけ聞いていたのだが、何に2割かければよいのかわからない。だから、昨日のつぶやきでは「そんなことはやめて欲しい」なんて書いていたが、聞いてみると取引先の勝手ではなく、決まりごとらしい。昨日の発言は撤回である。
   んで、どう計算するかというと、100万円を超えた取引のうち、100万円に対して1割、100万円差し引いた残りの額に対して2割をかけるのだそうだ。たとえば、120万円の入金であれば、100万円×0.1+20万円×0.2=14万円が源泉徴収される。もっと入金額が大きくなると、どうなるんだろう。まぁ、私には当分関係のないことだろうので、今のところ気にしないことにしよう。

2.取引先の支払時期と自分とこへの入金時期はずれる

10日締めの翌月払いとかいうやつである。それがどうしたのかというと、取引先からもらった支払調書にかかれた支払額&源泉徴収額と自分とこの伝票の入金額&源泉徴収された額とが一致しないのだ。でも取引先の支払額は、たいてい自分とこの売上額と一致する。ということは、源泉徴収される日付を請求書出した日付(=売上を売掛にする日付)にしとけばいいんだろうか。みんな、どうしてるんだろ?

3.個人で土木設計業を営むものは、源泉徴収の対象者である

さんざん源泉徴収されてきておいていまさらなんだが、最近よその業界の人に「あなたは源泉徴収の対象者ではないだろう」と言われて、ちょっと悩んでいた。所得税法の中で、源泉徴収対象者として「測量士、技術士その他これらに類する者」という記述があるが、野良猫は測量士でも技術士でもない。野良猫以外にもこの業界には測量士でも技術士でもないけど個人で土木設計やってる人はたくさんいる。必須の資格ではないのだ。(もちろん測量は測量士持ってないとできないみたい。野良猫は学生時代測量学を落っことしたし、測量士補の国家試験も落っこちたので、もう取る気はない。。。)
   ここで、関連法令である所得税法施行令に 「技術士補(技術士又は技術士補以外の者で技術士の行なう業務と同一の業務を行うものを含む)」という記述があるらしい。お前がやってるのはほんとに技術士の行う業務と同一の業務か、と聞かれると、う〜む、と思わないでもないが、とりあえず建設コンサルタント業者は技術士の登録が必要らしいし、その下請け仕事やってるんだから同一と言っていいんだろう。
   ちゅーことで、ちょっとすっきりしたのであった。


あさって、街角の税務相談に出かけるつもりだったが、先ほどチラシをよく見ると、「ご予約」なんて書いてある。予約が要るのか。明日電話かけてあさっての予約って、無理そうやな。。。

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2001年2月12日  確定申告

の準備中である。
   昨秋の修羅場頃からたまりにたまった領収書や預金通帳の内容をようやく会計ソフトに入力し、何とか今日中に決算書を。。。などと思っていたが、やっぱりだめだった。ある取引先からの今月の入金の内訳がどうしてもわからない。こちらの発行した請求書の金額から、源泉徴収と振込手数料を差っぴかれているはずなのだが、どうしても計算が合わない。そもそも、4件分ほど一気に振り込まれているらしいが、どの4件なのかもはっきりしない。おまけに、100万円を超える取引は源泉徴収率が変わるらしいのだが、そんなの初めてだからわからない。いろいろパターンを考えて計算するに、どうも一律の徴収率ではないようだ。同じ会社から1枚の伝票(なんだろうな。うちの預金通帳には1件の取引として記載されている)で振り込むんだったら、そんなことはやめて欲しい。やるんだったら内訳書発行してよね。
   ちゅーわけで、その取引についてはギブアップして、明日取引先に問い合わせることにした(今月の入金は去年の決算と関係ないようだけど、源泉徴収された額と関係があるようなので、やっぱり今確認しとかないといけない)。
   で、もうひとつどうしても貸借の合わない勘定があったが、それもギブアップしてしまった(それは、自分で確かめるしか方法がない)。年度始めの繰越額を修正した。去年(もしかしたら一昨年?)の決算が間違っていると、自分から認める行為である。あー、情けない。

去年までは初心者ということで、地元の税務署から「当番税理士」的な人が記帳指導に来てくれたのだが、今年はもう来てくれない。実際、税理士さんはみんな嫌がっているらしくて、よその地域ではそういう制度が廃止されてしまったところも多いらしい。
   自分でお金を出して税理士を頼むという手もあるんだけど、そんな大した事業をしているわけでもない(と思っている)ので、今年は自力で申告することにした。と言っても、本当に自己流では心配なので(特に今回は新しい勘定科目も出てきたので)、街角でよくやっている税務相談に行ってみようと思っている。今度の木曜日にあるというので、今日せっせとまとめていたわけである。

まだ本当の決算はできていないが、年商ははっきりした。減った減ったと騒いでいたが、よく見ると一昨年とほぼ同等である。一昨年は「独立」当初ということで、元請さんも気を遣って前払いをしてくれていたことを考えると、実質アップかもしれない。あとは、経費を減らすのと、「経営」しているという自覚を持つことかな。今完全に欠けているからねぇ。

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2001年2月10日  梅が咲いたから

夫にデジカメを借りて、撮影会である。咲いたのはうちに2つある鉢梅のうち、毎年あとから咲く八重絞りのものである。

「はい、上向いて〜」

八重梅上向き

「はい、横向いて〜。かげりのある表情がいいねぇ」

八重梅横向き

「はい、また上向いて〜」

八重梅もっかい上向き

「う〜ん、後姿もまぶしいねぇ」

八重梅後姿

のぁ〜んちゃって、単に写真をくるくる回してみただけであった。
   ついでに、先に咲き始めた鉢梅1号はこんな具合。

鉢梅1号

確か、「冬至」と言う品種だったと思うのだが、定かではない。ここ数年、こんな中途半端な開き方しかしないのが気になって仕方ない。多分、面倒を見ている人間に問題があるのだ。

撮影会のあと町に買い物に出かけ、ずいぶんと散財した。そもそもノートパソコンにMOドライブつなげるためのSCSIインターフェースカードを買おうと思ったのだが、ザウルス用のコンパクトフラッシュやら、シダの検索図鑑やら、ついでにCDショップにも寄ってしまって、グールド様の平均率クラビアやら、ファジル・サイというピアニストのバッハ集も、写真が怪しかったので思わず買ってしまった。
   PCショップでドッチーモ接続用のPCカードを我慢しても、これだけ買ったら出費は変わらなかったなぁ。まあ、少なくともグールド様はいずれ買うつもりだったから。。。なぁんて自分で自分に言い訳してみたりするのであった。今、平均率クラビアの第1巻をかけながら、これを書いている。

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2001年2月7日  鬼のいぬまに散髪

別に鬼がいるわけではないんだが、やっぱり行けるときに行っとかないと。

確か11月下旬あたりに行ってから、2ヶ月以上経っていた。ある程度の長さがあると、かえってさほど気にならないのだろうが、もとが短いと中途半端な長さになってうっとおしいこと極まりない。特に前髪とえりあし。
   前髪は、眉毛を越えるあたりから非常に目が疲れるような気がする。眉毛を越えたって即視界に入るわけではないのだが、ものすごく目が疲れるような気がする。髪の毛の先がまぶたに触れるからかな?視界にばっちり入る高さまで、前髪が伸びた状態で仕事している人が知り合いにもいるが、疲れないんだろうか?聞いてみたことがないからわからない。
   えりあしは、服の襟に当たって左右に分かれ、首の側面に流れてくる。別にこれで首や肩がこることはないが、とにかくうっとおしい。
   で、今日の昼に近所の美容院へ行って、切ってもらってきた。おでこはほぼ丸出し(なぜか美容院のおばちゃんは短い前髪を立てるようにブローしてくれた。ややオールバックに近い)、えりあしも刈り上げに近い状態。さっぱりすっきりである。夫には「どんぐりにいちゃん」と呼ばれている。

ところで、以前会話の中で「散髪へ行く」と言ったら、一緒に話していた男性たちに、「(女性なのに)散髪って言うか?」と笑われた。普通の女性は「美容院へ行く」と言うのだそうな。だけど、美容院へ行ってやってもらうのは、「散髪」じゃないのか? そういう発想自体が女性として普通とはちがうのだろうか。。。?

ちなみに、その美容院には若い男性の客も多い。おばちゃんが非常に手早くカットするので、人気があるらしい。住宅街の小さな小汚い(失礼)美容院だが、車で乗り付けてくる人もある。で、みんな店を出ると一生懸命頭を掻いて切りくずを払っているのだと、今は亡き舅がいつも笑いながら話していた。

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2001年2月1日  梅と桜と流してみれば

「梅の流れはぴんしゃこりゃしゃん」と続く(もしかすると、ちょっと聞き違いがあるかもしれない)。徳島に住んでいたころによく使ったわらべ歌である。
   親の仕事の関係で、小学校時代に2回転校して、都合3箇所の小学校に通った。その真中が徳島の学校だった。もやしっ子の私だったが、ここにいたときは、外でよく遊んだ。

表題の歌は、たいてい女の子ばかりで遊ぶときに使った。はないちもんめなどで2組に分けるときにである。
   最初にリーダーとなる二人を決める。リーダーの二人はみなにわからないように梅か桜かどちらかを決める。
   それから、リーダーの二人が両手を取り合ってアーチを作り、その下をみんなが「うめ〜とさくらとながしてみれば、うめ〜のながれはぴんしゃこりゃしゃん」とうたいながら順番にくぐっていく。
   「ぴんしゃこりゃしゃん」の「しゃん」でリーダーたちは腕を下ろして一人捕まえる。捕まえた子に、「梅か桜か?」とこっそり聞く。答えたほうの組に入る。まだつかまっていない子達には、二人のリーダーのうちどちらが梅でどちらが桜か、捕まった子がなんと答えてその組に決まったのか、わからない。
   そんな風にして分けていくので、当然二組の人数比が1:1になるとは限らない。はないちもんめを始める前からものすごく人数が負けていたりすることもある。でも、気にしない。

ゲームを始める前の組み分けは「平等」にするのが当然だと思っていた私には、なんだか非常に新鮮だった。

梅が咲いたもんで、思い出したのだ。
   昨日半開きだと心配した梅の花(1月のつぶやき参照)は、昨日よりもう少し開いてきた。今年はきちんと開くかもしれない。

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